島野保行 アトリエ 訪問記 ■■■ 2007年9月1日

駅からの階段の出口をあがったら、島野保行先生が笑顔で 出迎えて下さいました。
2007年9月1日。練馬区の住宅街の静かな通り。
「この道路は池袋駅からまっすぐつながる三車線の広い道になる」との こと…。
帰りに同じ道を歩きながら 「そんなふうに変わって欲しくない」 と思いました。 私は初めて降りた駅に戻るところなのに。
それは、島野先生とお会いして、 <<なじんだ土地を懐かしみいとおしむ気持ち>> を かきおこされたから。そんな理由かもしれません。…
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イーゼルの前の島野先生
イーゼルの前でほほえむ島野先生
「これ(キャンバス)を、たてにしたり、横にしたりして描くんだよ」
そうすると、構図の歪みがわかるからだそうです。
さかさにして描くこともあるとか。

マンションの一階のアトリエ。
私には、「油彩画家の制作現場」の先入観があったらしい。 そのイメージと逆のアトリエの室内に一歩入って気づきました。
大きくはない木製のテーブル、使い込まれたイーゼル、キャンバスや紙の ラック。全体にとてもこざっぱりとした部屋でした。それは、 島野先生の絵の世界にも通じる気がしました。
壁に、島野先生の絵が額装してかけられていました。
・ちょうど、このアトリエを会場に展覧会をしたばかりであること
・ここを教室にして絵を教えているので、あまり汚してもおけないし 自分のものを汚されないようにもしていること
を、教えてくださいました。
アトリエ風景その1
アトリエ一隅

アトリエ風景その2
たてかけてある大作には…
空に気球が見えます

風景画の存在感
椅子にかけると、ぐるっと先生の絵に囲まれた感じになりました。
「あらためて申しますが…風景の絵、ですね。山が多い、でしょうか」
「そうね。山と、湖とかの水ね。沼とか」
「でもこう、人の姿は見えないのだけれど、 とても人の気配があるというか、気配といいましても今そこに誰かがいたという 気配ではなくて、人の存在感というものを感じます。 空もくっきりした色調が多いようですね」
「その方が安心して自信が持てるっていうかね」
「…人がいる絵もないわけじゃないんだよ」
開封された絵には、のどかな山腹に咲く二本の桜と花見をしている人々の 春の風景画でした。
「人物を描こうとしたわけではなく、人物も風景の一部」
どこの景色?
「今は日本の風景を多く描くけれどね。昔は、アメリカに旅したら アメリカの、中国に行けば中国の絵も描いたんだよ。
でもやはり日本の景色だね… 変わっていっちゃうからね
ふと声の色が、変わったように思いました。─
特定の山を描くのですか?
「すごく有名な山は、しっかり形を描いて、その山ってわかるように するのね。この山を描こうと思ったら、しっかりスケッチしてね。 でも名前もない想像の山もあるのよ。
とにかく、いろいろ自分で見て回って、だね。だからどこでもいいって いうわけじゃない。あんまり人が絵にしないようなところ!がいいかな」
と笑い声をあげて、
人と違うところがいいんだよね
『名もない丘のような山』と示された絵を拝見して。
「丘のような山がぽこぽことあるような風景は、この関東平野で生まれ 育った私にとっては旅情なんですよ。(私の住んでいるあたりは)筑波山が 遠く近くに見えることがあっても、だいたい右を見ても左を見ても地平線、 ですから…『裏山』なんていう言葉がふさわしいような、丘の途中に鳥居や 人家があるようなところを電車の窓から見ると、ああ遠くに来たなっていう 思いになるんです」
「そう、確かにね。でも、関東も、起伏がなにもなかったわけでもなくてね。 関東、そうたとえばこの練馬あたりでも昔はちょっとした丘もあったし、 林もあったしね、川もあって泳ぐってわけにはいかなかったけれど 入れたんだよ」
モチーフたち
山の上に広がる空に、気球や月はあるけれど、雲がないですね?
「雲。昔は描いたことあるんだよ」
過去の雑誌を見せていただきました。
「なんでか、今はないね。 気球は、描きたい空を描けるからかな
少し考えて、
「気球は鮮やかな色だから。こういう色の空を『持たせたい』んだよね」
次のモチーフ、「水」についてお聞きしました。
泳ぐこと好きなんだよね。10年くらい前までは、 水のあるところでは泳ぎたくなっちゃって、泳いだね」
と笑いながら話してくださったのが、
「昔、河口湖に5月頃に泳いだことがあるよ。5月なんて泳ぐ季節じゃ ないから冷たい。それに、海と違って湖っていうのは、藻が足に絡んでねぇ。 わかる?もう、必死だったよ。それでも泳いだ」
そして、 「土地のね。民俗的な湖がいいね。海より神秘的だし。 そういう土地に触れて、見て、描くんだよ
「先生の水面の画法は…その…独特ですね」
「そうー!この水にいきつくまでに、相当、かかったよ」
静かな水面。しかし色づかいは光を反射し、小さなさざ波があることを示す。 そう、静かなリズムがあるのです。
空と水のモチーフ、展覧会の会場でぜひ御覧ください。
夕方や朝方の風景が多いことについては、 強いお気持ちがあるようでした。
昼間の風景はね、いろんなものが見え過ぎる。 夕方は、そういうものがだんだん見えなくなる時間だからね。
「見え過ぎると、いろいろ考えてよけいな気が散ってしまうというような ことですか?」
「そうね」
「そういうよけいなものが見えない風景に ─ 島野先生のお気持ちや 描きたい思いが、強く重ねられるわけでしょうか」
「だから、…心象風景なんだね」

今まで拝見していたのが、 島野先生の繰り返し足を運んだ懐かしい土地 であり、また先生ご自身でもあったということ、強く 胸を打たれた思いがしたのでした。

雑誌をめくって見せてくださいました。
「雪の風景も、だから、いいんだよ。雪はいろんなものを隠すでしょう。 ただし、寒さの厳しい地方の景色は描けないんだ。 あたたかい雪がいいの。 やはり、その土地を知っていないと描けないから、そういう意味では 僕は厳しい雪の土地を知らない。 それに、求めていないんだ。あたたかい雪(の風景)がいいんだよね。 厳しい雪は僕の心象ではない。」
絵画教室のこと
学校教育も含め、『絵を教える』ということについて話題になりました。
気持ちがあらわれている絵がいいし、 それを見る人が共有できたら一番いいよね。それは大人も子供も同じだよ。 『じょうず』というのとは違う」
具体的には?
「特に子供に教えるときはね、子供が疑問を感じた時に 教えられるノウハウが必要だね。 僕はあまり手出ししないでちょちょっと言葉で教える。 それか左手(利き手と逆の)で描いて見せたりするんだよ。そしたら
『せんせい、なにやってんのー。ちがうよ』
なんて、子供が描き続けるんだよ。 『うまい』と思わせない。そしたら子供はそれきり やめてしまうからね。
ある生徒さんの絵を何枚か、ラックから引き抜いて見せてくださいました。 しばらくの間、言葉もなく、見入りました。─
形をもたないパステルの色彩とタッチが、激しくいきいきした生彩を 放っていました。
色鉛筆の話題
先生はスケッチをするときに色鉛筆をお使いになる。 色鉛筆はいろいろな種類をお持ちだそうで、芯のやわらかいものかたいもの、 それに平たいもの。スケッチをするとき、 その下地の色によって同じ色鉛筆の絵でも違う ものができるよというご指南をいただきました。
そういったスケッチを見せていただきました。 色鉛筆の激しいタッチの絵、曇った空模様の瞬間をきわめて写実にとらえ、 林の木陰の暗さを容赦なく描く。
さらに、ひとつの例 ─
「これ(スケッチ)がね、こうなった(油彩画)」
ふたつの絵。山と手前に広がる野という同じ風景でありながら…。
交互に見比べて、言葉が出ませんでした。
キャンバスに乗せるときに、 描き込んだ「こころ」が感じられました。
下地塗り
下地の話から、普段の制作における油彩の下地づくり の御紹介をいただきました。
ちょうど乾燥中であるという、ブルーグレーの色を均一に塗った キャンバスをひとつ拝見。
「これね、ジェッソっていうんだけど、 それを薄くといたやつ。 それを30回くらい重ね塗りするの。 まずこうして乾かす」
と触らせていただき、感触がざらついていることを確かめた上で、 サンドペーパーで表面のあらを削り落として 見せてくださいました。
キャンバス地が見えるくらい削って
「これに、また塗って、乾かすのね」
と、平らにジェッソを塗り重ねていらっしゃるのが下の左の画像。
「…こういうのを作っておくわけよ」
と、乾燥用の棚をさして見せてくださったのが下の右にある画像。 乾燥中のキャンバスがたくさんあります。
こういう絵を描くから何色で塗っておくぞ、とか、あるんですか?
「そういうわけではないな。それに、いろんな色を一度に用意する わけでもないし。同じジェッソで下地を複数同時進行で用意してゆく のね」
地塗り
地塗りをやってみせてくださいました。

乾燥中のキャンバス
キャンバスをこうして、乾燥しています。

作品の保管
最後にびっくり。奥の扉をなにげなく開けて下さったのでした。
作品倉庫
作品保管室を見せていただきました。
ここに島野先生の思い出と、想いがあります。

空を描きたい
だんだんと先んじる思いを制するようにしながら 島野先生は語りを続けました。
基本的にはね。空をいっぱい描きたい!わけ。 空を描けるように、なるべく大きな空でね。 …それで今みたいになってきたのかな」
その言葉を受けて、壁の作品を振り返りました。
島野先生の丹念な手と想いが重ねられた空、それらに ひきこまれるようでもあり、吸い込まれるようでもあり、 包まれるようでもありました。

文章担当:Art Space ある・る くわばらともこ
ありがとうございました。
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