野口真理 アトリエ 訪問記 ■■■ 2007年9月10日

ご自宅へお邪魔します
2007年9月10日、ちょうど一週間のグループ展を終えられたばかりの ところをおうかがいしました。ちょっとお疲れであったろうとお察しする ところでしたが、野口先生のいきいきとした声でお話がはずんでいる間に そのような思いがどこかへいってしまうくらい、明るい方でした。

案内していただいたのは、落ち着いた住宅街。
すぐ線路だけど、お話に夢中の間、電車の音は聞こえませんでした。
緑に囲まれたお宅の、一階を作品づくりの場、二階をお住いになさっている ということでした。

まず玄関に大型の作品。
それがなんというか、置いてあるというよりは 壁沿いに居る、という感じがしました。
部屋の一隅に荷をとかれた作品。
こちらもどこか、くつろいで座って 居るというふうに見えました。
抽象的なものたちがおうちに同居しておられるのが、 また不思議にも感じられないということに気づきました。

奥の壁には、野口先生がお好きであるというカンディンスキーの絵が 飾られていました。

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室内の作品を御紹介いただきました。
作品の大きさについて触れましたら、このようなお話をうかがいました。
小作品

「これはこれで独立した作品なのですが」
「大型の作品を作る前に必ず
このくらいの大きさのものを作ってみる」
のだそうです。


大作品

上の作品ののちに作られたものです。

展覧会のバランス
展覧会終わったばかりのところ、恐縮です……、
というところから、まず、公募展に出品したことに ついての話題になりました。
個展でも得られるものはあるけれど、いい評価だけいただいて満足 しちゃう。
グループ展では個展でできないことに取り組める。
公募展に出品すると、人に審査されるということが ありますよね。人と比較される、ということもある。
そういう経験もあって、 いろいろあって、それでバランスがちょうどいいのかなって思います。
いろんな目で見られて、いろんな人と接触したり、…、
1つじゃなく多様な目で見られるのが 心地いいです。
非常に初歩的な質問でしたが─
先生の作風から、公募展に『インスタレーション』として 出品する時には、設計図のようなものを添付するのでしょうか?
とお尋ねしました。
そう、えっと、設計図というほどのものではなくて、 略図と写真、あとスケッチ。
本当なら自分で行って並べるのがいいんだろうけれどそうはいかないから。
(審査する方は)見ればわかる、なんておっしゃるけれど。
本当は、置く場によって楽しみが増えるの。
だから発表の場が多ければ多いほど自分にとってヒントにもなる。
だから、可能な限りいろいろと出させてもらっています。
インスタレーション作家ではないから─?
工芸の部門に(工芸として)出すときもある。
そうしますと、現代美術や、伝統芸術、いろいろな作品と並ぶんですよ…。
インスタレーションでも(複数の立体を用いるときも) 1つ1つが人に魅せる存在で、それが集まって、という形であるべきなんです よね。
そう、だから、インスタレーションと工芸、 両方なんです。
両方のジャンルであり、工芸として制作をするから また次にインスタレーションの制作にも刺激がある、逆もある、 ということを、確かめるように繰り返しておっしゃいました。

陶の世界
陶芸の世界に入るきっかけは ─?と お尋ねしたところ、
工業デザインをやっていました。 車や食器。立体のね。
学生時代もそうでしたし、仕事も。
結婚して中断してから、制作したい気持ちが でてきました。
そこで陶芸、というのは
粘土っていうのが立体を作る身近な素材 だったんです。
仕事でやっていたみたいなプラスチックの加工などは専門の場で なければできないでしょう。
それで、まずは、初歩ということで食器から作り始めました。
思い出すようにして言葉を続けてゆかれました。
彫刻…とは、少し違うような。
デザイン的な工程があるんです。
計画や形が頭にあって完成に向かっていく感覚が。

技術と、あと仕上げてみるまでわからない要素、それは魅力です。
食器も作れるけれど、立体も…。
発表していて思ったんです。
『建築のスペースのことも勉強してみよう』
って、それで、 いろいろな建築関連の展示を観に行ったら面白かったの!
先日は、ル・コルビュジエ展(森美術館)に行きましたよ。
いろんな可能性や、閉塞しないものづくり を感じられて良かったです。
道具箱

道具箱。
陶芸独特の道具が並びます。

石膏板

石膏板。
切りくずとなった粘土を集めて 練り直す作業を
この上で行なうとうかがいました。

今の作風 ─ 最初は伝統工芸だった
最初は油絵をやりました。陶器も伝統的な習いから始まりました。
(それが今の作風にいきついたのは)『人がやって いない方向をやってみたら?』と思ったのです。
不定形で、見本があるようでない。
展覧会を観に行く楽しみが広がりました。
何を観ても、楽しめるようになったんですよ!
とてもインスピレーションを受けて、思いがモノを 強くするんです。
この、肌の色にもどこか似た、自然になじむ 独特の色合いについてうかがいました。
黄御影(きみかげ)っていう土なんです。
御影にはいろいろ、色の種類がありまして。
人工的に作られた色もあります。それも面白いんです。」

小学校にボランティアで授業を行なったことがあるんですが、 『デザイン的切口で、ぜひ』と言われました。
その時なども、御影でいろいろな色を用意して子供達に選ばせました。
柏の県民プラザで発表したんですが、とても良かったようで、年末にもって いう話になっています。
作品を作っていたからこその、出会いですよね…
思わず口にしました。
まだ表現しきれてない部分があるんです。
今はハコ形のものが多いんですが、これから、 陶板などをやっていって、 集合させても良い、 ばらばらに置いても良い、壁にかけても良い、というようなものを 作りたいと思っています。
だいぶ、自分の中では、変化はしてきました。
発表の場があって、制作ができることに感謝です。
独特の線刻について
最初は象嵌(ぞうがん)だったんです。
とても絵が描きたくなっちゃったんです。
最初の頃は、みっちり、描き込んでいました。
段々シンプルになってきたんです。
焼成について
電気窯なのでだいぶ予想通りに作れるけれど、 やっぱり残り30%くらいの部分はできあがってみないとわからない ところですね。
それから次の段階にうつるんです。
とにかく、できるだけ作らないと次が見えてこない んですよ。
作品のあがりで、作品についていくっていう 感じです。
窯というのは、どちらでお焼きになっているのですかとちょっと拙い 質問をしましたら、
電気窯は、ここから近いところに貸し窯 があり利用しています。
元々具象 が 抽象へ?
壷に絵を描いてみたんです。 ある時、平面に、キャンバスに描いて みたんですよ。
最初は陶器のスケッチとしてだったんですけれど。 ですから同時期ですね。
それが、平面と立体を行き来する感覚になりました。
お邪魔したときからずっと、お部屋には音楽が BGM として流れ続けて いました。それで気づいたのですが、 立体に描画される線が、なんともいえずリズミカルな 表現なのだと。
ええ、作品を好きだという人からはそう言われます。
それから、音楽を演奏する人から (コラボレーションしようと)声をかけられたりしますね。
それで、音楽と共演することになった んですよ。
音楽を演奏する会場に、オブジェとして作品を置いて、お客さんには 両方を楽しんでもらうという形が何度も実現しているのだそうです。

お聴きになる音楽は?─
ということで今は、ドイツの「カンマーフィル」というオーケストラ (の、バーヴォ・ヤルヴィという指揮者)にハマっておられるという お話をうかがいました。
それぞれの演奏者がソリストになれる技量のもち主であり、指揮者が つくりたい音楽にする為に指示されるのではなく、つくりたい音楽を 指揮できる指揮者をオケが 指名するのだというお話を楽しそうにしてくださいました。
個々の作品が調和もするという、作品づくりの 目指している方向と共通しますね、とお聞きしてみました。
おやっ、そうかというお顔で、うなづいておられました。
最近は、娘も隣で(制作)作業しているので、音楽がうるさいとか、 あと漆やカシューを使うので(箔などに)においがするとか、いろいろ 言われます。
笑いながらお話しになりました。
※娘さんは美術系の学生さんで、制作および発表の活動をなさっています。

悩み
芯のある作品って、みっちりやればいいって いうものではないでしょ。
『どこで止めるか』ですよね。
複数の作家の方や、教鞭をとっている方、評論をなさる方が、まさに つきつめるとそこという課題
として共通して 指摘されていたのを私もお聞きしていたのでした。
だから、そこが悩むのだけど、 自分が観ることがとてもヒントになると 思う。
展覧会に足を運ぶこと。
最近の新しい
縄文土器を作るグループに参加しているんです。
野焼きにも参加しました。
ご縁のあった画廊のオーナーさんが縄文土器を研究している方だったとか…
草地の上になにげなく置かれた縄文土器の写真を、ぱっと拝見して、 私ははっとしました。
野口先生の、自然に融和するということと つながるように感じます、とお伝えしました。
気楽に、日常的に、作品を『置く』んです。
音楽のステージに置くのもそう、その場に一緒に いる、という感じで、お客さんが+αで持って帰れそうな感じ。
街中アートと日常と
私が街に作品を置かせてもらうときには、オブジェや モニュメントより、街中にあるデザインのいい椅子に近いかな。
もっと市民に近付きたい。
居心地のいい街並みができればいいなあって。
市民レベルで街を活性化することは大賛成。
音楽が、楽器を町中にひょいと持っていけばそこで演奏が できるような気軽さで、作品をひょいと置いたら場がちょっと変わる。
そういうのがいいです。
これからの作風
陶板をもっと作り込んでいきたいなあと。
壁でも床でもサマになってゆくものをね。

その片鱗というか、まだ小作品ですが、 ある・るの展示でお見せできると思います。
会場での野口先生の作品をお楽しみに!
小物の食器など販売もさせていただきます。
先生の実践されている、 工芸とそうでないものの互いにゆきかうところ を、ぜひ自然光のあふれる会場にて御覧ください。

陶板

制作途中の陶板を特別に撮影させていただきました。
これに箔づけなどを施して
完成に向かうようです。


話したいことが溢れ出んばかり、その気持ちはくるくると表情にあらわれて いらして、お話ししていてとても楽しい時間を過ごさせていただきました。

野口先生は、『自然』という言葉を一度も口になさいませんでした。 でもそれはさまざまな角度から野口先生の強い思いとなって、 はしばしに表現されていました。 大きなものにとけこむことという一本の線につながっていくように 思われたのでした。
そして、個でありながら個でない、 集合でありながら集合でない、共存、共演といった方向性 がうかがえたように思います。それは つまり『共に有る』ということ なのではないでしょうか。


文章担当:Art Space ある・る くわばらともこ
ありがとうございました。
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